日本 朝鮮銀行券 改造100円券 JAPAN The Bank of Chosen note 100yen,1938 昭和13年 発行 93mmX162mm
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表 寿老人と、朝鮮銀行行章(スモモの花)、桐紋。 |
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裏 朝鮮銀行行章と「百」。最高額面紙幣の割には、シンプルな意匠です。 |
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寿老人 寿老人は、寿星の化身または老子の化身と言われます。福禄寿と同体異名という説もあり、あやかれば病気することも無く長寿を授かることの出来る、ありがたい神様です。大正4年発行の鮮銀券からすべての朝鮮銀行券に「寿老人」と思われる肖像が描かれています。 肖像のモデルになったのは旧韓国時代の学者、キム・ユンシクであるともされています。ただ「寿老人」自体、実在した人物ではなく、当然国籍も曖昧なため、受け取った人の立場によって、それぞれ都合よく解釈されていたようです。「誰だかわからない」というのは時代の変遷にも対応しやすかったようで、日本の統治が終わっても朝鮮戦争がはじまるまでの数年間は、ひきつづきこの肖像が使用されていました。 |
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兌換文言 「この券と引き換えに、金貨または日本銀行兌換券百円をお引渡し致します(現代語訳)」と記載されている。当時(昭和13年)の日本円は「日本銀行兌換券」であり、金貨と交換できる分量だけ紙幣を発行する、との建前の元、発行されていた。その日本銀行兌換券と鮮銀券は「等価交換できる」とされていたので、こうした表記が見られた。(ただし、日本銀行兌換券で実際に金貨と交換できたのは昭和5年の金解禁前後のみに限られた。) 昭和19年に「日本銀行券」が発行され、紙幣の発行と金貨の裏づけがなくなったことから、同年発行の「甲100円券」の表記も変更されている。 戦争終結時まで朝鮮銀行券の円は日本銀行券の円とリンクしており、同価値であることが保証されていた。また、日本領時代の朝鮮では、日本の円を使うことも出来た。(ただし、日本本土で朝鮮銀行券は使用できなかった。) |
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「大日本帝国内閣印刷局」銘版 現在の日本国立印刷局が、製造を担当していた。 |
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すかし スモモの花とコウモリ、「朝鮮銀行」「百圓」の文字が漉き込まれている。内閣印刷局の非常に精巧な技術により、白透かしと黒透かしを組み合わせて、写実的な模様を再現している。 |
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| 関連事項 | |
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